幼いころから絵を描くことが好きで、中学・高校と美大の付属校に通った岩崎愛さん。高校2年になり、そろそろ進路を意識するころになって、「これまで絵の勉強ばかりしてきたけれど、ひょっとしてほかの道を進むこともできるのでは」と思うようになった。「日本の大学では学んでみたい分野が見つからなくて、海外への留学を考えていたんです。そんなときに雑誌『留学ジャーナル』を見て、アメリカの大学にはとても多くの専攻があること、中には“スポーツマネジメント”のような勉強もあることを知りました」。
自分でスポーツをするのはあまり得意ではないけれど、観戦するのが好きで、アメリカのプロバスケットリーグNBAの試合などをよくテレビで見ていたという。留学ジャーナルへ相談に訪れ、スポーツイベントの企画や運営、選手のマネジメントなどをするスポーツマネジメントの仕事は、「運動は得意ではないけれど、スポーツは好き」という岩崎さんのような人にピッタリの分野だということに気づいた。
高校2年の夏、アメリカの大学UCLAが高校生向けに開いているプログラムに参加し、アメリカの大学に入りたいという意思が固まった。出願したのは、カンザス州にあるWichita State University。TOEFLテストの点数が若干不足していたため、早めに渡米してESL(English for Second Language 留学生向けの大学付属英語集中コース) に入り、大学の授業開始後も約3ヵ月通った。「実はそれがすごく役に立ったんです。授業で出すのに必要なレポートの書き方を、ESLで教えてもらうことができ、一人で悩む必要がありませんでした」。ただし、授業は大変だった。日本では中学生のときから英会話スクールに通っていたので、基本的な会話はできるようになっていたが、「最初のうちは先生が何を言っているかさっぱりわからず、ほとんど泣きそうでした(笑)」。
そんな岩崎さんを助けてくれたのは、寮で同室だったインド人の留学生。英語の得意なその女子学生にレポートなどを手伝ってもらいながら、岩崎さんは数ヵ月かけて大学での生活になじんでいった。
スポーツマネジメントの専攻で学ぶのは、基本的な経営学やファイナンス、マーケティングなど。さらに、授業の一環のインターンシップで、実際にスポーツイベントの運営に携わる機会もあった。「アメリカのプロ野球には、地方の小さい都市で試合をするマイナーリーグというのがあります。マイナーリーグのチームがアメリカ中から集まるイベントが地元で行われ、チケットの販売やグラウンドの整備など、さまざまな手伝いをやらせてもらいました。授業で習った基礎的なことを、実践ですぐに活かすことができたんです」。
しかし、留学生活は楽しいことばかりではなかった。大学があったのはアメリカでも外国人があまり多くない地域で、スポーツマネジメントを専攻している留学生は、何と岩崎さん1人。「みんなに迷惑をかけてはいけないので、『私にとって英語は母国語じゃないから、わからないこともあります』と最初にはっきり伝えました。それでも、私だけついていけないことがありました。普通ではできない体験がしたいと思って地方の大学を選んだのですが、みんな外国人に慣れていないのかシャイなのか、地元の人と気軽につきあうことができずに悩んだ時期もありました」。
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一時は別の大学へ移ることも真剣に考えたそうだが、そんな生活が一変したのが、入学して1年半ほど経った頃、日本人学生とともにバンド活動を始めてから。「メンバーが一人帰国することになりたまたま誘いを受けたんです。3人構成で、それとマネジャーが1人。自分たちでCDを作って地元のバーに売り込み、『演奏させてほしい』と頼んで歩きました」。曲はオリジナルで、歌詞は日本語。最初は「アジア人の学生がなぜこんなところで」とけげんな顔をされたが、いざ演奏が始まると客の態度が一気に変わり、声をかけてくれるバーも増えていったという。「中には、『オレは昔、日本に行ったことがある』という人がいて、話がはずんだりしました。言葉が十分でなくても、音楽という手段で通じ合えることって大きいんだな、と思いました」。
卒業後の進路を考え始めたのは3年生になった頃。バンドのメンバーの中には、プロのミュージシャンを目指す人もいた。岩崎さんも最初はOPT(Optional Practical Training:専攻内容と関連する仕事をするために最長1年間滞在できる制度)を利用してアメリカで就職することと、日本に帰国して就職することの両方を検討していた。3年目の終わりに日本へ一時帰国。約2ヵ月の一時帰国期間を有効に使い、アメリカにいるうちからネットで調べてコンタクトしていた会社を通じてプロ野球関係のイベントでインターンシップを経験したり、東京のキャリアフォーラムに参加したりした。「そのころはまだ目標が定まっていなかったんですが、アメリカに帰ってからやはり日本で就職したいという気持ちが強くなり、本格的に情報収集を始めました」。インターネットで就職関連のサイトに登録。資料を取り寄せ、自分なりに工夫して書いた履歴書を送り就職活動を続けていった。
6月に卒業、帰国するとともに留学ジャーナルでキャリアカウンセリングを受ける。「最初は“こういうことをしました”と機械的に並べているだけだったんですが、アドバイスを得て、自分の経験から何を学んだか、それが企業にとってどう役に立つかをアピールできるよう努めました」。スポーツ業界に限らず、音楽やイベント、英語や海外での経験を活かせそうな業界や仕事に応募範囲を拡げて本格的に面接などを受けているうちに、あるとき大手スポーツメーカーの海外営業部で採用を行っているという話を聞いた。ホームページに掲載されていた採用の条件は中途採用だったが、「新卒でもかまわないでしょうか」と、自ら電話で問い合わせて応募。「面接では、留学してスポーツマネジメントを学んだことはもちろん、つらかったり苦しかったりする中で、それをどう乗り越えたかをアピールしました」。こうして帰国して4ヵ月目、10月に採用が決定。約50社に上る企業にコンタクトした後に、本当に求めていた仕事に出会った。
「現在の仕事内容は貿易事務で、ヨーロッパを担当しています。電話やメール、書類などほとんどの仕事で英語を使うのですが、インターンシップのときに、仕事で使う英語を習ったのが、今、とても役に立っています」。立場は新卒ながら、現場では即戦力扱い。海外の代理店や船会社とのやりとりが頻繁にあり、気の抜けない毎日だ。「でも、プロ選手も一般の大人の方も子どもたちも、いろいろな方が、私の手で送り出したものを使ってスポーツを楽しんでいてくれている。そう思うと、とてもやりがいを感じます」。
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