留学成功の秘訣

大学留学体験者のケース

今月の成功者

-- Photo -- 金田健吾さん(26歳)三菱商事株式会社勤務

身近な親戚に留学している人がいたため、小さい頃から留学に強い憧れを持っていた金田さん。「本場アメリカでビジネスを学び、将来は世界を相手にプロフェッショナルな仕事をしたい??」。高い志を胸に秘め、大学卒業後、念願のオハイオ州立大学に留学。しかし高校・大学とアメフトを続けた金田さんだが、留学中に2度、泣いたことがあるという。大きな壁を越え、現在三菱商事に勤務する金田さんに“リベンジ”の秘訣をうかがった。
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成功のポイント
 
金田さんのステップアップ

2004年3月
立教大学法学部卒業。
2004年9月
オハイオ州立大学の3年次に編入。1年目は日本の大学からの単位移項のほかに必要な一般科目と、次年度にビジネスコースに進むために必要な科目を履修。
2005年8月
就職活動を意識し始める。海外大生向けの就職サイトCFNに登録。
2005年9月
留学2年目。オハイオ州立大学 ビジネスコースに進む。 オペレーションズマネージメントを専攻。フィッシャー・カレッジ・オブ・ビジネス(Fisher College of Business)で学ぶ。
2005年10月
3日間の日程でボストンキャリアフォーラムに参加。三菱商事を受け二次面接まで進む。
2005年12月
三菱商事の最終面接を受けるため、日本に一時帰国。
2006年1月
三菱商事株式会社より内定。アメリカで内定の電話を受ける。
2006年8月
オハイオ州立大学を卒業。成績優等生の証であるMagna Cum Laudeを付与される。
2007年4月
三菱商事株式会社入社。
大切なのは憧れを持つこと。毎日夢に出て眠れなくなるくらいに。
2度の涙。不安や悔しさも、その経験をバネにして真剣に向き合ったから結果が出せた。

「周囲に何人か留学している従兄弟がいて、小さい頃から留学に憧れていました。親元を離れアメリカで自由に生活している感じや、帰国したときに外国人と流暢に英語で話している様子を見て、かっこいいなぁと思っていました」。高校生になった金田さんは、3年生の春休み、ボストンに留学中の従兄弟を訪ね、1ヵ月間の語学留学する。言葉の壁はあったものの、クラスメイトとも仲良くなり、大学に入ったら長期間留学したいという思いを強くする。

最初は、大学在学中に休学して1年間の留学を考えた金田さんだが、大学時代にもうひとつ力を入れていたものがある。高校生の頃から続けていたアメリカンフットボールだ。金田さんは伝統のある立教大学のアメフトチームでディフェンスリーダーとして活躍していた。「新卒での就活を考えたら3年生の時に休学して留学する人が多いんじゃないかと思います。でも、ちょうどその頃、所属していたアメフトのチームが、2部リーグから1部に昇格できるかどうかのタイミングだったんです。僕は、アメフトを選びました」。結果、チーム一丸となり完全燃焼し、3年生の12月には念願の1部リーグに昇格する。

留学を決めたのは、アメフトも一段落しそろそろ就職活動も考えねばと思っていた大学3年生のお正月のことだった。親戚で集まったときの叔父さんとの会話で留学への思いが確信となる。大学教授をしている叔父さんは、自身も留学を経験している。現在第一線で活躍している叔父さんが自ら語る、留学を通して得られた経験や価値についての話は小さい頃からの金田さんの憧れを再燃させた。また仕事上、世界各国の多くの有識者とも交流がある叔父さんから、海外の大学の最先端の研究や情報、有名な教授の話など具体的な話やアドバイスをもらえたことで、これまで憧れていた留学が輪郭を帯びて具体的なものとなってきたという。

3年生で卒業に必要な全ての単位を取り終えてしまった金田さんは、4年生の11月中旬までアメフトに明け暮れる。その間、アメフトと平行して、卒業後の留学を見据えてTOEFLの勉強をする。留学していた従兄弟の勧めで留学ジャーナルを訪れたのは大学4年生の1月。この1年間、学びたい分野や目的もイメージしながら英語の勉強もしてきた。留学ジャーナルを訪れた1月末が出願の締め切りというギリギリのスケジュールの中、2校に絞り出願し、3ヵ月後の4月、その年の9月からのオハイオ州立大学への入学が決まる。オハイオ州立大学はビジネスの分野では全米のランキングでも上位に入る(*2008年のU.S. Newsのランキングでは22位)。金田さんは、留学先を選ぶ際に教授の評判などの他、こうしたランキングも意識したそうだ。「(日本の大学の)新卒で就職活動しないことや、費用など、リスクを背負っていくからには、目標を高くし他人も認める学校を選びました。そこで頑張れたら自分の自信につながると思ったからです」

9月に、オハイオ州立大学の3年次に編入した金田さんだが早速試練が待ち受けていた。「入学して間もなく受けた数学の小テストで0点を取ってしまったんです。ショックでした。0点を取ったこと自体もショックでしたが、この先やっていけるか不安だし、情けないやらで、泣けてきました。その夜、泣きながら勉強しました(笑)」。しかし、そこから毎日、朝の3時、4時まで勉強し1学期目が終了する頃には満点をとるまでになる。そして2005年9月に無事ビジネスコースに進む。オハイオ州立大学のビジネスコースはFisher College of Business の名称で知られ、キャンパス内でもそのコースの一角の敷地や建物の豪華さは目を見張るものがあるという。「1年目は、Fisherのキャンパスを行き来している学生や建物を見ながら、自分が翌年にはそこで颯爽と歩いている様子をイメージしながら必死で勉強しました」

 

Fisherに入る少し前の8月、海外大生向けの就職サイトCFN(キャリアフォーラムネット)に登録する。世界最大規模の留学生向け就職フェア『ボストンキャリアフォーラム』を運営する会社のサイトだ。金田さんも、10月のボストンキャリアフォーラムに照準を定め、参加企業にネットからエントリーを始める。日本の大学にいた頃は、リクナビには登録したもののほとんど就職活動をしていなかった。ボストンキャリアフォーラムへの参加登録をすると、冊子が送られてきて自己分析の方法なども載っていたので、就職活動の参考にしたそうだ。

この年のボストンキャリアフォーラムは3日間の日程で、留学生を積極的に採用したい企業約150社が参加した。金田さんは、実は、最初、「練習のつもり」で軽い気持ちのまま参加したのだそうだ。しかしその規模に圧倒されたという。気を取り直して真剣に臨むも、ここで留学中に経験したという2度目の厳しい洗礼を受ける。「ある投資銀行のブースで面接を受けたんです。元々そんなに興味があった企業ではなかったんですが、もう、ボロボロでした(笑)。担当者は、ニコリともしてくれず、斜に睨まれる始末。今考えれば自分がいけないんです。準備不足だし、しかも練習のつもりで面接なんて企業に対して本当に失礼ですよね。そんな本心を完全に見透かされてしまいました。その日はもう、他の企業を受ける気にもなれず惨敗でしたね。同じ大学の友人と一緒に参加したんですが、社会経験のある彼女は順調に数社の企業からオファーを獲得している。彼女が企業からディナーに招待されたりして手応えを感じている間、僕は狭くて薄暗いホテルの部屋で、安いお弁当を買って一人で食べてました。本当にキツかったですね。この時も惨めで泣けてきました(笑)。でも、結局、その悔しさと、その晩友人に自己PRや面接の練習にとことん付き合ってもらったことが翌日以降、現在の就職に至るまでの最大のポイントになったと思います」

この悔し涙を機に、金田さんは「これまでやってきたこと」や、「なぜ、留学しようと思ったのか」、「留学前、将来どんなことをやりたいと思っていたのか」、過去から未来への点をつなげて自己PRや志望動機を組み立て直した。アメフトでディフェンスリーダーをやっていた時、制限時間内で結果を出すための自分の役割は、ビジネスのシーンでも共通する。初日に失敗した経験を活かし、企業研究して臨む。当日は質問に対して答えを首尾一貫させ、ゆるぎない気持ちを伝えた。結果、面接も順調に進み最終段階では、ありのままの自分を出すことができたと言う。「『世界を舞台に活躍するビジネスのプロになりたい』という留学前からの夢を自然体で話すことができました」。その時、面接をしていた三菱商事の採用担当者から「君はうちに向いているかもしれないね」という言葉をもらったそうだ。

金田さんは今年の4月に三菱商事に入社した。1ヵ月半は研修で、その後現在の、住宅資材を扱う部署に配属になった。実際に入社してみての感想を伺うと、改めて、三菱商事の三綱領(企業理念)に心から共感していてこれからチャレンジ出来ることの幅広さに大きな期待を持っているようだ。また身近に尊敬できる先輩たちがいる職場環境で学ぶことがたくさんあると目を輝かせてくれた。そんな金田さんに、留学を考えている人や留学中の人にメッセージを頂いた。「憧れを持つことが大事だと思います。ただ、単なる憧れではなく、具体的にイメージして、もう、毎日夢に出て眠れなくなるくらいの情熱的な憧れです。そうしたら自然とそれに向かって動くはずだし手に入れるためにがむしゃらに頑張ると思います」。留学中の従兄弟に憧れ、Fisher のキャンパスに憧れ、それらを現実にしてきた金田さん。「世界を舞台に活躍するビジネスのプロフェッショナル」という強い憧れ(=意思)を胸に日々頑張っている。



キャリアカウンセラーが分析

  「憧れ」という言葉に、「遠い存在」「手の届かない存在」という響きを感じる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、それが「毎日夢に出てきて眠れないくらいの強さ」だとしたら、きっと手にすることができるのだと思います。金田さんが当時を振り返り、憧れていた人や状態を話してくださっている時、その表情には純粋さやひたむきさがあり、思い描いている様子が絵となって伝わってくるような気がしました。

憧れの存在やお手本になる存在のことを『ロールモデル』と言います。身近な存在、マスコミで取り上げられるような活躍している人、歴史上の人物でも構いません。ロールモデルの存在は、自分がそうありたい姿を具体的にイメージしやすくします。「目標や目的がみつからない」と思って不安を感じている方はロールモデル(目指したい姿)を見つけられると大きなヒントになります。いないのであれば、出逢うための行動を起こしましょう。本を読んだりドキュメンタリーを観るのもいいですが、留学は、日本では出逢えない人と接するチャンスです。「どんな夢を持っているのか。そのためにどんな努力をしているのか」「どんな逆境があったのか、それを乗り越え、今はどんな仕事をして生きがいを感じているのか」。多くの人に積極的に話を聞いてみましょう。心を動かされるような話に接したとき、あなたにとってのヒーロー、ヒロインに出逢えるかもしれません。

成功のポイントで挙げた2つめは「悔しさをバネにする」です。以前「キャリアの達人に聞く」のコーナーでご紹介した慶應義塾大学の小杉俊哉先生は著書『キャリア・コンピタンシ?』の中で、人が行動を起こすきっかけには2種類あるとおっしゃっています。『モチベーティング・ファクター(動機付けを起こさせる要因)』と『リベンジング・ファクター(リベンジの気持ちを起こさせる要因)』です。「憧れをもつこと」が『モチベーティング・ファクター』だとすると、「悔しさをバネにする」は『リベンジング・ファクター』と言えます。小杉先生は著書の中で、「リベンジング・ファクターは、『復讐』を成し遂げてしまうと目標を失ってしまうことになるが、多くの名経営者が成功しているのは、リベンジをめざして、艱難辛苦(かんなんしんく)を乗り越えるうちに人間的にも大きく成長し、リベンジよりも社会のために事業を行っていくことがモチベーティング・ファクターだと気づいたからである(抜粋・要約)」とおっしゃっています。金田さんの場合も、リベンジが最終的な目的ではなく、それは「憧れ」に近づくための手段でした。また課題を克服し憧れに近づいていくことは強いモチベーションになったはずです。

3つ目のポイントは、「問題解決のための戦略的思考」とも言い換えられます。「憧れ」「失敗」といった強い動機付けのもと、「なぜ?どうやって?」と繰り返し、冷静に分析します。そして問題解決のための具体的な方法を考え実行しました。これが成功のポイントです。失敗したときや先が見えないときにはどうしても不安になります。そんなときは、『深刻』になるのではなく、『真剣』になることが大切です。金田さんは、悔し涙の度に、真剣に取り組み、学業においても成績優秀者として卒業し、就職においても自分の価値観にフィットする会社に出逢うことができました。

取材にご協力いただいた際、金田さんは「今は覚えることで精一杯の毎日ですが、入社してからまだ泣いてないんです。もっと泣くまで頑張らないとダメでしょうか(笑)」とおっしゃっていました。経験を重ねると実際に涙することは減るかもしれません。しかし、今後も課題をクリアするたびに成長し続け、いつかビジネスのプロとして国際的に活躍されることでしょう。その時、きっと金田さん自身が誰かのロールモデルとしてキャリアのヒントを提供する存在になっているはずです。

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