留学成功の秘訣

専門留学体験者のケース

今月の成功者

-- Photo -- 眞野宏さん(38)日系エネルギー・サービス企業の、プロジェクト付き社内通訳・翻訳者

35歳を前に、外資系健康食品会社勤務から通訳・翻訳者への転身を決意。その最初のステップとして、カナダの通訳・翻訳専門学校に留学した眞野宏さん。26週間の留学ののち、帰国して社内通訳・翻訳者としてのスタートを切った。見事なキャリアチェンジを果たした眞野さんの、成功の秘訣を探ってみよう。
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成功のポイント 1)留学決定前から、具体的なキャリアプランを練った 2)前職で得た知識や経験をうまくアピールした 3)通訳養成学校に通うなど、帰国後もスキルアップに努めた
 
眞野宏さんのステップアップ

1993年
横浜市立大学商学部経済学科卒業。在学中に1年間休学、オーストラリアでワーキングホリデーを経験
1993?98年
旅行会社勤務。海外旅行の商品企画などを担当
1998?99年
翻訳会社に営業担当として勤務、翻訳の仕事の流れを知る
1999?2005年
アメリカ系の健康食品輸入販売会社勤務。マーケティング部の責任者として各種プロジェクトを担当する一方、通訳・翻訳業務にも携わる
2005年5月
退社してカナダ、バンクーバーの通訳・翻訳専門学校Granville Instituteに通う
2005年12月
帰国して人材紹介会社、派遣会社等を中心に就職活動を行う
2006年2月
アメリカ系のIT無線通信機器メーカー日本支社へ、プロジェクト付き社内通訳・翻訳者として派遣される
2006年4月?07年3月
仕事と並行してサイマル・アカデミーの通訳者養成コースを受講
2006年10月
日系エネルギー・サービス企業へ、プロジェクト付き社内通訳・翻訳者として派遣される
「留学中の厳しい勉強のおかげで、プロとして働くうえの心構えができました」
「通訳・翻訳は、豊富な知識と経験が求められる仕事。多くの社会経験そのものが仕事に必要なボキャブラリーや表現力を豊かにすると思います」

父親の仕事の都合で1歳から8歳までをアメリカで過ごし、大学時代にはオーストラリアで1年間ワーキングホリデーを経験した眞野宏さん。「英語を活かして海外で活躍できる仕事を」と、旅行業界に就職したが、実際に英語を使う場面はそれほど多くはなかった。

「英語を活かしつつ、これから成長する可能性のある仕事に就いてみたい」と、翻訳会社に転職。企業から翻訳を受注する、営業の仕事を担当することになった。「医療や技術など専門的な文書が多かったので、自分で翻訳ができるものとは思わなかったんです。ただ、読めば内容はわかったので、できあがった翻訳のチェックを手伝ったりしていました」

1年ほど勤めたところで、旅行会社時代の知人を通じ、アメリカ系の健康食品輸入販売会社へ転職することになった。日本法人設立にあたり、マーケティング部の責任者という大役をまかされることになったのである。「自分たちで一からプロジェクトを立ち上げる面白さがありました。アメリカ本社から来た翻訳資料はよく見ると内容がおかしかったりして、だいぶやり直しをしたんですが、その過程で、翻訳の仕事に関するノウハウがさらに身につきましたね」

普段のメールのやりとりのほか、アメリカ本社とのテレビ会議、年数回の海外出張など、英語は頻繁に必要とされた。本社から人が来日するときは、通訳を頼まれることもあったのだが、本人としては、「英語でコミュニケーションを取ることはできるが、正確さや表現力が、まだまだではないか」という不安があったという。

4年ほど経って日本法人も軌道に乗ってきたころ、眞野さんはふと自分のキャリアを見つめ直してみた。「このまま今の仕事を続けていていいのだろうか。何か自分が好きで興味があることを、一生続ける方法があるのではないか」。当時の年齢は34歳で、「始めるなら今しかない!」と一念発起。自分を本当に生かせる道として、通訳・翻訳を専門に手がける仕事を目指すことにした。そして、その大きなきっかけとして選んだのが、カナダへの留学だった。

「留学すれば集中的に勉強できるので、短期間で力が伸ばせるのでは、と考えていました。また、子どものころと大学時代に海外で生活してとても楽しかった思い出があったので、もう一度海外に住んでみたいという思いがあったんです」。留学ジャーナルに相談に訪れ、通訳・翻訳の専門学校の中から、カナダのGranville Instituteを選択。当時結婚2年目で、夫婦そろって渡航・留学することにした。勉強の傍ら、久々の海外生活をゆっくり楽しめるのでは、と期待していたそうだ。

「英語にはだいぶ慣れていたので、正直言って、学校ではラクができるのではないかと甘く考えていたんです(笑)。ところが、いざ始めてみると勉強が思いのほか大変で、課題に追われる毎日でした」。Granville Instituteはその厳しい指導方針で知られる学校で、1日に100単語を覚える、文法の解釈を暗記して自分でそれを説明できるようにするなど、毎日大量の課題が出された。「要領よく進めないと、寝る時間がなくなってしまうくらいだったんです。まるで仕事をこなしている感覚でしたね。でも、そのおかげで通訳・翻訳のプロとして働くための心構えができたように思います」

講師には学者肌のところがあり、授業は英語学習や通訳・翻訳のスキル習得に関する科学的根拠に基づいて行われた。「授業を受けているときは、あまりピンと来なかったのですが、実際に勉強を終えてみると、確かに学んだことがちゃんと身についているという実感がありました」。通訳・翻訳専門ということもあり、生徒は全員日本人。1クラス12人で、前期13週、後期13週の26週間コースとなっていた。日々のつらい課題をやり遂げた同じクラスの仲間とは強い絆が生まれ、帰国後も連絡を取り合っているという。

 

留学を終えた眞野さんが日本に帰ったのは、大晦日のこと。年末年始の休みが明けるとすぐ、インターネットの求職サイトで、人材紹介会社、派遣会社に登録を行った。プロの通訳者・翻訳者として仕事をしたことがあるわけではないので、これまでの職務経験をいかに通訳・翻訳の仕事に活かせるかをアピール。また、「トライアル」と呼ばれる通訳または翻訳能力を試すテストで優秀な成績を残せるよう努力した。

「当初は翻訳専任でやっていこうかと思っていました。ただ、実際に就職活動を始めると、翻訳の場合は必ず“経験”を聞かれるんです。そこで、まずはこれまで企業に勤めた経験を活かして、社内通訳・翻訳者として働く形がいいのではないかと考えるようになりました。将来フリーの翻訳者として働くことにも興味がありますが、まずは、ひとりでコツコツやるよりも、プロジェクトの一員として業務に深くかかわっていたほうが、おもしろいことができる可能性や将来に活かせる経験も積めるのではないかと思います」

その職務経験が買われたのか、就職活動開始からわずか2ヵ月にして、アメリカ系のIT無線通信機器メーカー日本支社への派遣が決定。プロジェクト付き社内通訳・翻訳者として、会議通訳や技術資料翻訳などを手がけた。その傍ら、「通訳者としてのスキルを高めよう」と、通訳養成コースで知られるスクール「サイマル・アカデミー」へ。「通訳学校に通うのは、プロになってからもメリットがあるんです。通訳学校でどのレベルにいるかということが、採用の基準になったりするんですね」

やがて新しく派遣された日系エネルギー・サービス企業では、発電所を一から作るという、さらに大きなプロジェクトの一員となった。「電気、建築、機械などさまざまな知識が必要とされ、働きながらも日々勉強が欠かせません」。上司からの信頼を得て、今やチームに欠かせない存在に。年収は留学前の仕事のころと比べると下がっているが、それに代えがたい充実感があるそうだ。

眞野さんに、通訳・翻訳者を目指す人へのメッセージと留学の価値についてコメントをいただいた。「通訳・翻訳者を目指すのであれば、留学したからといって最初から収入面・仕事内容で十分満足のいく仕事に就けないことも覚悟し、長期的ビジョンに基づいた行動も大切だと思います。私の場合は帰国後も自らの市場価値を高めるために業務経験を積みながら通訳学校に通うなど、自己投資と努力を続けました。そうして情報を得ながらより良い条件の仕事を探しました。留学では、仕事を辞めて自らにプレッシャーをかけながら集中して勉強に打ち込める環境が予想以上に成果につながったということも実感していますが、一番の価値は何といっても“海外に住む、暮らす”という経験ではないでしょうか。翻訳者・通訳者として正確に表現していくためには、文化的背景を理解することは不可欠で、現地で見聞きし文化に触れたり、家探しや銀行口座の開設、光熱費の支払いといった日常生活に欠かせないシステムの知識ひとつをとっても全てが財産になったと思っています」

これまでの社会経験に、海外での新たな経験という、翻訳者・通訳者としての財産を得てコミュニケーションのプロとしての幅を拡げて活躍されていくことだろう。

キャリアカウンセラーが分析

  通訳・翻訳のお仕事は人気が高い職種ですが、プロとして働く(仕事の機会を得る)ために何が必要なのか、また30代のキャリアチェンジについても伺いました。

留学前の、12年の社会経験を詳しくお聞きすると、“キャリアチェンジ”に至るまでの、いくつものキーワードが、しっかりと軌跡として繋がっていました。営業職だったとはいえ、翻訳会社に勤務し、翻訳家から納品される書類を修正する機会や、アメリカ企業の日本法人立ち上げの際にも英語を使う機会だけでなく、外注先の翻訳会社からの納品物の品質管理も行っていたそうです。これらのプロセスで、実際の翻訳ビジネスの流れや、顧客として期待する翻訳のクオリティなど、自然と把握していったようです。そのプロセスで、当時の眞野さんにどんな資質があって、何が不足しているのか、キャリアの棚卸をし、現実を踏まえて長期的なプランを立てることができたようです。

しかしながら、今回の取材で翻訳・通訳という“言葉のプロ”になるための要求の高さを改めて感じました。眞野さんは、留学前からTOEICのスコアが955点。それでも、正確さや表現力を鍛え直すために留学を決意。留学先では、定冠詞や時制、3単現のSや不要な受動態を使っていないかなど、正確で綺麗に使いこなすためのトレーニングや語い力を増やすためのメソッド、更には大量の課題を納期を守ってこなすことで翻訳家としてのプロ意識が養われたそうです。

英語力をそれだけ磨いても、経験・実績で仕事の価値が上がっていく世界。翻訳・通訳専門の派遣会社のトライアルを受け、難易度の低い仕事から実績と信用を積んでいくことが必要です。留学先の通訳講師からは、通訳は「一に礼儀、二に人柄、三に能力・経験」と教えられたそうですが、これは、通訳の仕事が単に正確な言葉を扱うだけでなく、“状況判断しながらコミュニケーションをサポートする”仕事であるからでしょう。そして、眞野さんの場合は、これまで、企画調整、営業職、事業の立ち上げに伴う様々な判断を通じて、英語のプロである以前にビジネスを理解していることが派遣先での企業で高く評価され、通訳者・翻訳者としての実績を重ねていかれています。

眞野さんに留学のメリットを伺った際に、学長から贈られたアリストテレスの言葉を紹介してくれました。「Pleasure in the job puts perfection in the work」(仕事を楽しむことができれば、その成果を完全に近づけられる)。将来をかけた留学の途中、勉強に追われすぎ鬱屈しそうになったときに、その土地でしか楽しめない娯楽やまわりの景色も楽しみながらバランスをとった話をしてくださいました。アリストテレスのこの言葉は、勉強や仕事をハードに行っている人にこそ響く言葉であり、35歳でこれまでを振り返り、「楽しめることが何であるか」、それを見つけて仕事にすると決心した眞野さんの真摯な生き方に響く言葉であるように感じます。翻訳・通訳の仕事は、常に新しいことを勉強しながら、その経験がいつか必ず活きてくる仕事です。時には大変なことがあるかもしれませんが、今後も楽しみながらライフワークを完璧に近づけていかれるのではないかと思います。

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