留学ジャーナル創業45周年に寄せて

代表メッセージ留学ジャーナル創業45周年に寄せて

株式会社留学ジャーナル代表取締役 加藤ゆかりからのご挨拶

 私が留学ジャーナルに入社したのは、1988年。留学ブームの走りで、支店第一号としてオープンした名古屋オフィスのスターティングメンバーに採用された4名の新人スタッフの1人でした。名古屋支店オープンの翌月には大阪支店、翌年には福岡支店と、あっという間に社員の数も増え、お客様は年々倍増という時代でした。まさにバブル時代の余波を受け、OL留学という言葉も生まれるほど、数年仕事をして貯めたお金で「ちょっと留学」という女性を中心に語学留学が急成長していました。一方、大学進学をする高校生にとっては受験人口の増加によって大学入学が狭き門という時代でしたので、自分の本意でない大学に行くくらいなら、アメリカの大学へ進学しようと、「条件付き大学入学」という制度を利用した留学も伸び盛りでした。

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 雑誌「留学ジャーナル」も、入社した頃はB5版の、表紙以外は白黒の週刊誌といった体裁で、新刊が出されるたびに私たちカウンセラーは隅から隅までしっかりと読み込み、今のようにインターネットで最新情報がチェックできる時代ではなかったので、学校関係者から直接聞いた話や、帰国したお客様から聞いた情報、知り得た最新情報を書き込み、それはまさに自分だけのマニュアルともいえるものになっていました。そうしていると、次の新刊が手元に届くまでの3ヵ月の間に、中綴じのページがパラパラとはがれてきてしまったことも、懐かしい思い出です。今は、表紙もガラリとおしゃれになり、記事は全ページカラーになり、書店や図書館の書棚に並べられても背表紙の「留学ジャーナル」がはっきり見える、立派な雑誌になりました。それは、時代に合わせて変わってきたというだけではなく、体験談を寄せてくださる留学生のみなさんや、取材先で協力していただく留学生や学校スタッフの協力によって、より内容の厚い情報誌へと変わってきたと思います。

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 今は、インターネットで海外どこへでも行った気分になれる環境があります。英会話も自宅で海外とつないで先生とレッスンができる時代です。何でも揃う便利な日本から、わざわざ苦労をする留学になんて・・・という人もいます。そういって日本から留学する人が減少していった結果、企業が求めるグローバル人材の不足が問題となり、政府は留学生倍増計画を打ち立てて、留学促進をしています。当社も創業以来、約20万人の留学を支援してきました。「英語ができるようになって可能性が広がった」「海外の生活に触れて、日本文化の素晴らしさに目覚めた」という声があれば、「もっと早くに留学できたら、もっと可能性が広がった」「もっと日本のことを勉強しておけばよかった」という声もあります。こうした経験者の声を、雑誌やウェブなど様々な媒体を通して共有することで、留学を促進し、日本のグローバル人材育成の一助になれば大変嬉しく思います。そうした声を発信してくれる留学アンバサダーを留学ジャーナル50周年に向けて送り出していきたいと思います。

株式会社留学ジャーナル
代表取締役 加藤ゆかり