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カウンセラー名:白田 祐子(しらた ゆうこ)
留学経験:オーストラリアで語学留学、カナダでホームステイ。
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こんにちは。留学ジャーナルの東京支店でカウンセリングを担当しております白田(しらた)と申します。
私は大学卒業後3年半の社会経験を経て、転職の前にと思いオーストラリアへ語学留学をしました。勉強というよりはきれいなビーチの近くに長期滞在をしてみたい、という気持ちのほうが強かったですね。語学学校では色々な国籍の友達ができて視野も広がり、ホームステイでは家族の一員として生活をしながら文化の違いやナマの英語を学び、ホームステイの後は現地の方とアパートシェアをすることで自立心をつけ、今までにない経験をたくさん積むことができました。
もちろん滞在も十分楽しみました。私は西オーストラリア州のパースに滞在しておりました。パースはインド洋側になり、ビーチはグリーンで白い砂浜が続く、私が理想としていたとても美しいビーチがたくさんありました。サーフィンやボディボードではゴールドコーストが有名ですが、パースは穴場で、かなりお勧めです!私も日焼けを気にせず真っ黒でした!(紫外線には注意しましょう)
留学とは別に、オーストラリアを2ヵ月間かけて周遊する機会があり、その時はすべてホームステイをしました。またカナダのバンクーバーにもホームステイの経験がありますので、全部で8家庭にお世話になったことになります。お年寄り夫婦からシングルマザー、大家族など、さまざまな家庭に滞在をしましたが、どの家族もみな良い方達でした。よく、ホームステイには当たりハズレがあると言われますが、それはその方の捉え方次第だと私は思います。文化の違い、生活様式の違いなどに対して、前向きにその違いを楽しもうという気持ちが大切だと思います。
学校情報だけではない海外生活についてのお話も色々とさせていただけたらと思いますので、カウンセリングセンターにぜひお気軽にいらしてくださいね!
お待ちしております。
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初めての海外生活は、大学の学生寮でスタートしました。英語が話せなかったため、最初はカフェテリアなどでの食事の注文にも苦労しましたが、「成せば成る、何事も!」の精神で、いろいろなことにチャレンジしました。


帰国後、私は決意を新たにしました。「いつか、長期留学をして、英語力を上げるだけではなく、異文化を体験することで多くのことを学びたい」と心の奥底から思いました。その思いは、日本の大学卒業後に叶い、アメリカのオレゴン大学で心理学を学ぶことにつながりました。オレゴン大学で、一番大変だったことはやはり勉強でした。毎日、山のように出る宿題、授業にもついていけず泣きたくなるような日々を過ごしました。そんな時に、私を助けてくれたのは教授、クラスメート、友達、ホストファミリー、家族の皆でした。アメリカ人の友達からは、私が落ち込んでいるときには「Chin up!!(あごを上げて)」(あごを上げると笑顔になりますよね)と励ましてくれました。また、インターンシップに参加をしたり新留学生に対するオリエンテーションでリーダーを務めたり、地域のイベントに積極的に参加をすることでいろいろな国の友達ができました。留学を通じて、海外での失敗談や面白話が色々ありますので、それはカウンセリングにて披露させていただきます。請うご期待。
たまには、「道草」してみませんか? 
そして大学卒業後、総合電機メーカーに就職し、7年ほど働いているうちに転職を考えるようになり、その時「もう一度留学したい!」という気持ちが抑えられなくなりました。仕事を通じて不足していると感じた交渉力などのビジネススキルを留学して伸ばしたかったというのと、心の内には「これが最後のチャンスだ!もう一度、あれほど忘れられない留学生活を送りたい」という気持ちもありました。
「日本では学びづらい専攻を大学で学びたい」「大学院に進学したい」「キャリアアップしたい」「英語力を伸ばしたい」など、留学の目的は様々だと思います。また場合によっては、「大学へ留学したいけれど、何を学べるのだろう?」とお考えの方もいらっしゃるのではないでしょうか。
私が初めて留学したのは中学2年の夏休みでした。もともと人見知りで海外に全く興味などなかった私は、日本から一歩も出たくないと思っていたほどでした。その気持ちが変わったのはイギリスに留学し、生き生きとしている姉の影響だったのではないかと思います。
2回の短期留学を経て、今度は長期で行きたいと強く思うようになり、大学卒業後に再度カナダに留学しました。就職か留学か悩んだ末の決断でしたが、その決断は間違っていなかったと思います。
ブリスベンへの留学は、2度目の留学でしたが、留学期間が1ヵ月と1年とでは全く違っていたので、出発前は「1年間留学に行ける楽しみ」と「1年間やっていけるかという不安」で、胸がいっぱいでした。実際に現地で生活し、いろいろな国の人々や文化、宗教に触れていくうちに、不安だった部分が好奇心へと変わり、留学前の自分では想像がつかないくらい、積極的に行動するようになっていました。また、今まで自分が「常識」や、「当り前」だと思っていたことが、自分の中だけで作られていたルールだということにも気づかされました。
この1年間の留学で、世界を身近に感じることができ、私自身、何倍にも成長できたと思っています。それと同時に、留学当初では考えもしなかった、オーストラリアでの大学進学にチャレンジしたいと思うようにもなりました。そして、帰国して日本の大学を卒業した後、ブリスベンにあるグリフィス大学に入学しました。大学での授業は、想像以上に大変でしたが、自分自身さらに成長できたと思いますし、チャレンジしてよかったと思っています。
「ここでもう一度真剣にバスケがしたい」。この想いを胸にアメリカに飛び立ちました。ただbe動詞もわからないくらい英語ができなかったので、まずは半年間短大の近くにある私立の語学学校に通い、フィリピン人の家庭にホームステイをしました。アメリカにいながらフィリピンの食や文化も知ることができ、とても貴重な体験ができたと思っています。
振り返ってみると、この6年半の留学で、本当にたくさんの人に出会い、多くの人に支えられて留学ができたことに本当に感謝しています。かけがえのない友人達は私の一生の宝物です。初めはただ「バスケットがしたい」という気持ちだけでしたが、それを信じて一歩踏み出せたことで、人生180度変わったと思います。目的はどんなことでも構いません。まずは海外に出ることで、今まで自分のいた世界とは全く異なる世界が広がり、人種、年齢、言葉、文化、バックグラウンドの違う多くの人々との出会いの中で、何かを感じるはずだと思います。
その後、学生時代にオーストラリア・ケアンズでスキューバダイビングのライセンスを取得し、私の人生の大きな趣味となりました。オーストラリアの人たちは本当にフレンドリーな人達ばかりで「いつかまたオーストラリアに行きたい」と思うようになり、2年半の社会人経験を経て、ワーキングホリデーでオーストラリアに渡りました。
このワーキングホリデーは、日本にいては味わえない「貴重な体験」ばかりだったと思います。海外で生活すること、海外留学は大変に感じる時もありますが、壁にぶつかった時こそ自分自身が変われる時だと私は感じました。漠然とした目標でも構いません。海外に出てみることで、今まで当たり前だと思っていたことが違ったり、新しい世界との出会いがあったり・・・。そして、海外から日本に目を向けることもできます。
ただ、自分で費用を貯めて行きたかったし、どこか一歩踏み出せない自分もいました。その間、アメリカに2週間滞在することはありましたが、とにかく外国人と話すとこと自体が怖く、留学しても無駄なのではと、ネガティブになっていました。その後、英語以外にファッションにも興味があったので、大学卒業後、服飾専門学校で勉強をし、アパレル企業に就職しました。その企業は海外にも展開していたので、外国人のお客様と英語で話す機会が多く、その度に自分の英語力のなさに愕然とし悔しい思いをしていました。思えばこの悔しい思いに再び出会ったことが、最終的に留学を決断することになったと思います。
そこではほとんどのお客様はネイティブのため、英語でコミュニケーションができるという自信が持てるようになりました。さらに、ヨーロッパ人の友達の国へ招いてもらい、ホームステイの経験することまでできました。それらの経験全てが、私の一番の宝物です。日本に帰ってきた私は、両親や友達も驚くほど成長し、精神的にも強くなり広い視野を持った人間に変わっていました。留学に興味がある方は後悔ないよう、1歩踏み出してください!たくさんの出会い・新しい扉が待っています!そのお手伝いをさせてください!
カウンセラー名:菊池 斐(きくち あや)
カウンセラー名:藤野 瑠美子(ふじの るみこ)
今振り返ると英語が話せるようになりたい、ただその思いだけで留学を決意しましたが、留学では語学力以上にたくさんのものを得ました。留学でしか味わえない貴重な経験、そして世界各国にできた友達はかけがえのない宝物ですし、留学に行って本当によかったなと思っています。
カウンセラー名:長部 未奈(おさべ みな) 

帰国後、また行きたい、そして今度は世界中の友達を作りたい、と思うようになりましたが、日本の大学へ進学後、その熱い思いは徐々になくなり、また日本での淡々な日々を送っていました。
アメリカへの語学留学や大学進学を真剣に考えたのは、高校2年生のときでした。同じ高校で高校留学をした友達が少しカッコよく見えたことや、兄貴がフランス留学をして少し羨ましく思ったことがきっかけでした。その後のアメリカ留学へと踏み出した動機も、アメリカで生活してみたい、英語がしゃべれるようになりたいという単純なものでした。
アメリカを離れた後は、日本へは戻らずに中国へダイレクトに留学しました。これも単純な理由で、英語と中国語ができれば、少しでも興味を持ってもらえる人材になれるのかなと思ったからです。
異文化体験のとりこになった私は、大学卒業後も「海外で働きたい!」と思っていましたが、当時は「英語力もお金も専門性もない」、のないないづくしでした。そこで、いったんは日本の商社に就職したのですが、留学の夢はずっと残っていました。「留学したい、海外で働きたい」という気持ちを持ち続けていたところ、数年後に奨学金プログラムを通して、アメリカ・イリノイ州の大学院への留学を実現することができました(専攻:教育管理学)。
大学院卒業後は、今までの留学経験をフルに活かし、UNESCO北京事務所や国際協力NGO「JEN」を通したスリランカ駐在や外資系IT企業勤務など、グローバルな職場で働く経験を積んできました。こうして昔憧れだった仕事につけたのも、あの時「留学したい!」という思いをあきらめなかったからだと思っています。
スペイン・フランスは、それぞれの言葉を大学で第二・第三外国語として学んでいたので、イギリス留学のあとに短期語学研修に行きました。ヨーロッパは陸続きで隣国へもとても行き来がしやすいのに、それぞれの国がとても個性的で、大変興味深いところです。
そして卒業後オックスフォードへ。一人での渡英を心配する家族をよそに、一人で学校を決めて航空券やB&Bを手配、ヒースロー空港からオックスフォードへの移動方法も確認し、あとは「行けばなんとかなるかぁ」と何ともお気楽に旅立ちました。何事もなく到着し、数日後には学校も始まりました。刺激的な毎日を過ごしていましたが、徐々に学校を変えようかなぁ・・・という思いが生まれてきました。
就職前に留学しようと大学のプログラムにあった募集要綱を見た時、アメリカ研修もある中で不思議と興味を惹かれ、早速応募したのはイギリスの方でした。ちょうどイギリスを舞台とした映画を観たり、本を読んでいた時だったこともあって一気にイギリスへの興味が湧いたタイミングだったのだと思います。また、知らない土地に行くことにこそ惹かれたのかもしれません。
そんな海外と縁遠かった私が留学までに至ったきっかけは、ごく単純な出来事でした。大学を卒業し、初めてオーストラリアに1週間旅行した時のことです。初めて目にする海外の街は美しく、何もかもが新鮮で私は夢心地でした。ところが観光地として有名なカジノに入ろうとした時のことです。入り口で強面のガードマンに呼び止められてしまいました。私は緊張と怖さで何も答えられず(ただ誕生日を質問されただけだったのですが)、そのまま入店を断られてしまったのです。その旅は散々なものになってしまいました。
