人工知能技術の進歩は、飛躍的革新期に入った。インターネットの浸透で経済市場に国境はなくなり、そして時はニューノーマルの時代に。これからの時代を生き抜くために求められる力は?そのカギを求め早期起業家教育の専門家に話を聞いた。

この人に聞きました


株式会社セルフウイング 代表取締役 平井由紀子さん

早稲田大学商学部在学中にアメリカに留学、卒業。留学関連企業を経て、アメリカの教育ベンチャー日本法人に転職、マネージングディレクターを務める。その後、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科に進み、大学発ベンチャーとして2000年に株式会社セルフウイングを設立。2016年、Selfwing Vietnam Co.,Ltdを設立。学術博士(起業家教育)。

不確実な未来を前に身に付けるべきは
非認知能力

 人工知能(AI)研究の世界的権威であるアメリカのレイ・カーツワイル博士は、著書『シンギュラリティは近い(日本語訳タイトル:ポスト・ヒューマン誕生 コンピューターが人類の知性を超えるとき)』の中で、AIが人類史上初めて人間の知能を超える「シンギュラリティ(技術的特異点)」が2045年に訪れると予測している。「2045年には、人工知能が新しい人工知能を生み出すようになり、もはや人間が未来予測できなくなるほどのスピードで社会が変革するようになるだろう」。その著書の中で語られた彼の未来予測は2020年までの時点では、その多くが現実となった。技術革新のスピードは加速度を増し、社会を取り巻く環境も目まぐるしく変化している。さらに自然災害やウイルス感染など予測不可能な事態も発生し、この先どんな未来がやって来るのかは、誰にもわからない。不確実な未来を前に、次世代を生き抜く若者たちは、何を学び、どのような力を身に付けるべきなのだろうか?
 そのヒントを求めて、早期起業家教育を専門とする平井由紀子さんに話を聞いた。「これから訪れるAI時代を、そして目まぐるしく変化する時代を生き抜くためには、やり抜く力、失敗を恐れない力などいわゆる点数では測れない『非認知能力』も重要になります」
 そう語る平井さんは現在、小学生から大学生を対象にした早期起業家教育を全国で実施し、さらに2016年には活動の場を海外にも広げ、ベトナム・ダナンで幼稚園や教育施設を運営している。
 学生時代に留学を経験し、その後もグローバルな仕事を経験してきた平井さんは、留学も非認知能力を鍛えるには有効だという。

求められるのは
自ら次の行動を考え出す姿勢

「オックスフォード大学でAI研究を行うマイケル・オズボーン氏は2013年に発表したThe Future of Employmentという論文の中で『今から10年後、20年後には47%の仕事が自動化される可能性がある』と予測しました。ここから『仕事がなくなるリスク』がメディアを騒がせ、衝撃を受けた人も多いことでしょう。技術は想像以上のスピードで進化しています。既存の仕事を、AIやロボットがこなせるようになったとき、その力を有効に活用し、新たな仕事を生み出す力が求められるようになるでしょう。
 また世界を目まぐるしく変化させるものはAIに限られません。新型コロナウイルス感染症の影響で世界がこのような状態になるなど、一年前には誰が予測できたでしょうか。AI時代、そしてウィズ・コロナ、アフター・コロナの時代を想像し、次の行動を考え出す力こそが、今求められています」
 では具体的には何を身に付けると良いのだろう。平井さんが早期起業家教育で目指している中にあるキーワードは、次の3つだ。

■不確実性への対応力
■失敗を恐れず挑戦する気持ち
■仮説と検証を繰り返す力


変化の時代を生き抜く力は
海外留学で鍛えられる

 平井さんはこう話す。「これらは、早期起業家教育を通して涵養(かんよう)できると考えています。海外では小・中学校の段階から子どもたちに起業家マインドを養う教育を行っています。それは多民族・多文化の社会の中で、社会保障に過度に頼らずに生きていく力を身に付ける必要性から生まれたものかもしれません。ただ結果として、世界を席巻する多くのイノベーションがアメリカを筆頭とする欧米諸国から生まれているのは確かです。また欧米に限らず、アジアを含む海外の若者たちも起業家マインドが旺盛です」
 平井さんの早期起業家教育は海外でも行われている。そのカリキュラムの中には、実際の経済活動に触れるものも。ビジネス体験は多くの学生にとって未知の世界だ。当初の計画通りに進まなかったり、失敗もあったりする。その困難を乗り越えることで、自分自身の力とするのだ。「日本で生まれ育った大学生、あるいは高校生の皆さんが今からそうした力を付けるには、将来のビジョンを持つ海外の学生と交流して教育や価値観の違いを知る機会を持ったり、価値観が揺さぶられる経験を重ねたりできる留学も習得のひとつの選択肢でしょう。留学は不便なこと、自分の思い通りにならないこともたくさんあるでしょうし、始めのうちは戸惑うことばかりかもしれません。でも、そうした経験が非認知能力を鍛えていきます。失敗や挫折もしてみてほしい。諦めずに成功するまで繰り返す力や、くじけず乗り越える力を鍛えるチャンスです。そのうちに“実現させたい未来”をイメージする力、挑戦する気持ち、かなえるための粘り強さ、コミュニケーション力なども備わってくるはずです」

仕事は自分でつくる
求められるのは起業家マインド

 平井さん自身も大学生の時にアメリカ留学を経験し、留学で備わる力については実証済みだ。そして、大学卒業後に勤めた会社ではゼロから事業を立ち上げる仕事や経営にも携わった。また転職先の外資系企業での勤務時には海外視察も多く、その時の経験が現在代表を務める株式会社セルフウイング設立のきっかけになったそう。「当時は仕事で欧米圏のさまざまな国を訪れました。バブル後の景気後退期だったのですが、欧米の若者たちには『就職先がないなら自分で会社をつくればいい』という風潮があって、起業に対してまったくためらいがなかったのです。結果的に誕生したベンチャー企業が雇用の受け皿になっていて、日本人の私の目には非常に興味深く映りました。欧米の若者たちは、どこで起業家マインドを養ったのか…。その答えを見つけたくて、大学院に通い始め、そこで研究した結果を基に、自身も起業に至りました」
 大学院で欧米諸国の事例を研究するうちに、起業家マインドは初等教育の段階から育て始めるべきだということを検証した平井さんは、在学中に大学発ベンチャーとして今の事業を立ち上げた。「誰もやらないのならば自分が」を自ら実践したのだ。

認知と非認知能力をバランスよく育てることが
将来の選択肢を広げる

 平井さんは、留学で習得できるものをあらためて次のようにまとめてくれた。

■目標や意欲を持ち、粘り強く、仲間と協調して取り組む力や姿勢(非認知能力)
■語学力や専門知識(認知能力)
■将来の選択肢を自分で切り開く力

 留学では先から述べている非認知能力はもちろん、認知能力も鍛えられる。帰国後にTOEFLなど語学テストのスコアが向上するのがいい例だろう。現地の高校や大学の授業にしっかり参加できれば、日本では得られない最先端の専門知識を得ることにもつながる。そして目標を達成する力や社交性、自信、十分に使える語学力があれば海外で働くことも視野に入るのは当然のこと。またイメージする働き方も一辺倒ではなくなるはずだ。つまり留学を通して非認知能力と認知能力が両輪となれば、将来を考えたときの選択肢が広がる。

新しい時代を迎える今こそ
留学の意義を家族で考えてほしい

 自身の未来を切り開く過程で、非認知能力が持つ可能性と重要性を実感している平井さんにとって、新型コロナウイルスに端を発する今回の変化は大きなチャンスだという。この状況だからこそ、さらにオンラインによる新しい教育や働き方を積極的に模索することができる。激変する社会をチャンスと捉えられるかどうかは、自らの考え方次第なのだ。「繰り返しになりますが、仕事に対する価値観も多様化しています。社会情勢や人々の意識が目まぐるしく変わる時代にあって、求められるのは『新しい何かを起こす力』です。何かを起こすには自分らしい生き方や、それに近づくための判断基準、選択肢をできるだけ多く持っておくことが大切になります。新しい時代を迎える今こそ将来を見据えて、留学の意義を家族で考えてほしいと思っています。
 留学生活は思いも寄らないことが起こる日々の連続です。でもそこで失敗を重ねながら『生きる力』を養うことこそが留学の重要な意義の一つです。それは、私が取り組む早期起業家教育の目指すゴールでもあります。ぜひ留学を、未来を力強く生きるための経験値を上げる“最高の舞台”として意識してみてください」